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訳者のまえがき |
訳者のまえがき多くのコンピューティングセキュリティに関する書籍がある。しかし、その多くは現在の情報 システムのコンポーネントのそれぞれを個別に取り上げたものだった。本書は、近年の情報シ ステムの典型である分散コンピューティング形態におけるセキュリティを総括して扱ったもの である。その範囲は、メインフレームから、Unix,Windows/NTなどのプラット フォームに加え、下層のネットワーク層や上層のOLTP、グループウェアなどの技術的な問 題の他に、セキュリティ問題の本質的な領域とも言える非技術的な分野にまで及ぶ。このよう な幅広い観点で説明されたセキュリティの書籍は、はじめてのものである。 この偉業を為し得たのは、IBM社の Glen Bruce 氏と Hewlett-Packard 社の Rob Dempsey 氏という2人のコンサルタントが培ってきたコンサルティングの経験を書きおろした共同作業 の賜物である。 結果として、本書は読破するだけで数日を要すボリュームであるが、分散コンピューティング のセキュリティに携わる人々にとって、取り組むべき事柄を網羅した内容となっている。読者 の方々には、是非ともすべての章を読んでいただきたいが、各章の最後に、結論かまとめと題 した節を設けてあるので、それらを読んで全体の流れを知った後に、必要な章から読み進むこ ともできることと思う。 訳者にとっての分散コンピューティング。それはミッドナイト・プロジェクトに端を発っする。 アメリカ東海岸のボストンの北、そこはマサチューセッツ州というよりは、もうニューハンプ シャ州にほど近い街、チェルムスフォード市のベンチャ企業で働くエンジニアの集団があった。 そこでは、しばしば、ユニークで革新的なコンピューティング技術についての、議論が熱くお こなわれた。個性あるこの集団の一部には、ひっそりと静まりかえった深夜のオフィスで働く のが好きな者達もいた。 オフィスは静まりかえっているが、帰ってしまったエンジニアの部屋では、ネットワーク接続 されたワークステーションのハートビートのLEDが音もなく点滅していた。この会社の販売 していたワークステーションは、ネットワーク全体を統合したアカウント(ユーザ)管理とフ ァイルシステムを提供するオペレーティング・システムで動いていた。そのため、持ち主の帰 ってしまったワークステーションには、ネットワークを介して自由にアクセスすることができ た。その当時、約700台のワークステーションがこの会社独自のトークンリング・ネットワ ークに接続されていた。 深夜を愛するエンジニアは、10人に満たなかった。残りの600台以上のワークステーショ ンは、ただ、翌朝出社してくる主を待っているだけであった。 ある日、エンジニア達は、夜の間、ただ単にLEDを点滅させている、これらのコンピューテ ィング資源を何かに利用できないかと考えた。ネットワークを介した並列コンピューティング の試みである。そのアプリケーションとして、コンピュータ・グラフィクスによるアニメーシ ョンの制作が試みられ、有志達は自らをミッドナイト・プロジェクトと呼んだ。ある者はコン ピュータ・グラフィクスの演算のためにレイトレースのライブラリを作成した。ある者は、仕 上るアニメーションの完成を見越して、それに付けるBGMの作曲にとりかかった。また、言 語開発に従事していた者は、レイトレースを簡単に使えるようにと、CGのオブジェクトを記 述するためのスクリプト言語を定め、その処理系を開発し始めた。これらの基本技術要素がそ ろうと、アニメーションのシナリオが作られた。ミッドナイト・プロジェクトは、これをQU ESTと名付けた。 準備が整うと、毎晩のように約100台のコンピュータに計算が分配され10000枚におよ ぶアニメーションの各コマがレイトレースによって、深夜のオフィスで作り出された。 完成したQUESTは、トレードショーなどでネットワークを使った並列演算の例として、上 映された。また、当時の多くのコンピュータグラフィクスのコレクションに優秀作品として収 められた。 ミッドナイト・プロジェクトの試みは、この会社の創設者の一人である重役の目に止まった。 というよりは、彼は早い時期にこれに参加していた。そして、このネットワーク接続されたコ ンピュータを並列処理に用いるというコンピューティングのコンセプトは、製品化されること が決まった。それは、後にネットワーク・コンピューティング・システムという製品名で世に 紹介されることになる。 QUESTは、この会社独自の強力なネットワーク・オペレーティング・システムに依存して いた。ネットワーク・コンピューティング・システムでは、その固有技術に依存しないように することが検討された。それによって、もっと多くの数のコンピュータ資源を有効利用しよう と考えたのである。そして、プロセスごとであった分散の単位は関数のレベルにまで落とされ、 リモート・プロシジャ・コールという概念が実装された。 結果的に、できあがったネットワーク・コンピューティング・システムは、このベンチャ企業 のオペレーティング・システム以外に、サン・マイクロシステムズ社、デジタル・イクイップ メント社、IBM社の各コンピュータに移植され販売された。 ネットワーク・コンピューティング・システム、NCSは、その後、何度かのバージョン改訂 をおこない、バージョン2.0は、OSF/DCEのRPCとして採用されるに至る。この間 に、NCSのコンセプトは別の製品にも影響を及ぼした。多くのソース・モジュールによって 構成されるアプリケーションのコンパイルにおいては、各モジュールのコンパイルを別々のマ シンで並列分散処理することをおこなったり、ネットワーク接続された複数台のマシンのディ スク内データを1ヶ所で集中的にバックアップすることをおこなう製品が紹介された。 NCSのコンセプトを築いたこの会社の名は、アポロ・コンピュータとして知られている。こ の会社は後に買収合併されるが、皮肉なことにアポロを買収するのは、NCSが移植されなか った、ヒューレット・パッカード社になる。 また、この有志に早くから参加した重役は、現在、マイクロソフト社の重役として、同社の分 散コンピューティング製品開発に従事している。 ミッドナイト・プロジェクトの成果であるQUESTは今も、ボストンのコンピュータ・ミュ ージアムのCGシアターで見ることができる。コンピュータ・ミュージアムは、ウォータフロ ントにある牛乳ビンのモニュメントが目印のチルドレンズ・ミュージアムの隣にある。 (※コンピュータ・ミュージアムは、1999年からComputer History Museumに移管されています。) (※QUESTのYouTube動画:Quest: A Long Ray's Journey Into Light) ミッドナイト・プロジェクト。その有志の試みは、今日、なくてはならないコンピューティン グ形態の出発点になった。 本書は、分散コンピューティングにおけるセキュリティにハイライトをあてている。翻訳にあ たっては、その訳語が日本の標準に沿うように細心の注意を払ったが、日本における状況の調 査などには不十分なところがあったかもしれない。それらについては随時、追補の情報を提供 したいと思う。 本書についての追加の情報をインターネットで提供しているので、参照していただきたい。 http://yosihiro.com/book/lock-the-door |
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Copyright (C) 1998 Yoshihiro Sato |